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東京マグニチュード 8 0

2009–12–18 (Fri) 00:00

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公式サイト

文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門最優秀賞受賞作
首都圏での巨大地震を想定し、膨大なデータと検証に基づいて
製作されたリアルシミュレーション地震アニメです。

久々、ズシンときました。
かけがえのない想いに胸が締め付けられるように・・・。 

東京が巨大地震に襲われたら・・・

ないとはいえない大災害の恐怖。考えるだけでも恐ろしい話です。   
私の住んでいる街も大規模火災で大変な状況という展開(怖)
伊豆で震度5の地震があったばかりでタイムリーですが、
東京に限らずとも起り得る話で、特に首都圏の被害は甚大です。
日本中に及ぼす影響は計り知れません。
現実にこんなことがあったらもっと悲惨なのでしょうけれど、
このように自分の置かれた環境でシュミレーションしながら
我が身に置き換えてみる機会はなかなかありませんよね。

そこに自分が居たら・・・?
大切な人たちはどうなったのだろう・・・・
こんな状況で、自分には何ができるのか・・・・
本編を観ると考えさせられると思います。

それと同時に、やはり家族の大切さというテーマが胸を締め付けます。
反抗期真っ只中の未来と、素直で思いやりのある悠貴
姉弟のやり取りが、切なすぎて胸が痛い。。。
悠貴が下の子に似ているというのもあって・・・
ラストで号泣  そして、MADを観てまた・・うるうる 
何度、泣いてるのよ・・って感じです。笑
しばらく、悠貴が心から離れませんでした。
大好きな人、大切な人を心から大切にしたくなるアニメです。

誰も守ってくれない

2009–05–07 (Thu) 00:00
daremo.jpg

 
見る者に問いかける


★★★★★★★

公式サイト

モントリオール映画祭で最優秀脚本賞を受賞した本作。
考えさせられる内容だった。実にヘビィな内容だけれど、殺人事件の加害者家族の置かれる状況を描いたものとしてはリアリティを感じる。犯罪者の家族も被害者なのか?ということを見る者に問う映画である。

今クールのドラマ「アイシテル -海容-」 そこでも描かれる加害者家族の描き方は、テーマの違いもあるが、この作品を観た後では生ぬるさを感じてしまう。現実はもっともっと過酷で、ドラマでは描かれないリアルな事件の側面がこの映画にはある。家族が殺人を犯した結果、不幸のどん底に陥れられるのは、被害者の家族ばかりでなく加害者の家族にとっても容赦なく過酷だ。

双子の姉妹を殺害した容疑で逮捕された少年。そのときから全ては崩壊する。
少年事件とはいえ、名前を本名で発表される可能性があり、戸惑う家族を前に、離婚して妻の籍に入り直すというような事務的な手続きがいきなり行われる。それも加害者家族を守る手段であり、マスコミやネットで執拗に糾弾され、「家族も同罪だ」「殺人者の家族も死んで償え」そんな誹謗中傷が浴びせられる。加害者本人ばかりでなくその妹の写真までネットに流出し、何も犯罪を犯していない家族までもがさらされる恐怖。

追い詰められ自殺してしまう加害者家族も居るために、警察はときにマスコミや世間から守ることがある。妹は両親からも引き離され、保護する刑事と共に、世間やマスコミの目を逃れて行き場を点々とし、そこで母親が自殺した事実を知る。でも、母親の遺体にさえすぐには会うことも許されない。15歳の少女に降りかかった過酷過ぎる現実。私たちだったらどう受け入れられるだろうか。

そして、保護する刑事勝浦もまた同時に苦しんでいた。
「税金を使って加害者を守る警察も同罪だ」という世間や、「被害者は守れなかったのに、加害者の家族は守るのか」という被害者家族の非難の声、マスコミから過去の事件での過失をむし返され、自宅にまで押し寄せる人々に不安を抱く家族の側にも居ることができない。
「なぜ、警察はお母さんを守ってくれなかったの?お母さんを返して」悲痛な少女の叫びに、過去の傷が抉られるように痛む。自分はどうするべきなのか、今、この少女に自分は何が出来るのか。勝浦は葛藤し自分に問いかける。
家族ともギリギリのところで繋がっていた彼は、この事件によって、ただ修復しようという焦りだった気持ちが、次第に家族の絆とは何なのかということを再認識してゆく。

兄の心の叫びを妹は聴いていた。
そして兄を守ろうとしていたことを知って、勝浦が少女に言う。

これからはキミが家族を守るんだ。生きるんだ。
人を守るということは、その人の痛みを知ること。
痛みを知るのは苦しいが、それが生きるということだ。


人を裁くことができるのか・・・それはとても難しいテーマだ。人が人を裁くべきではないと言うと、自分の家族が被害者でもそう言えるのか・・・と問われるだろう。だが、ハイエナのようなマスコミや顔の見えないネットでの「祭り」や「炎上」と言われるような無責任な誹謗中傷は、それ以前に人間としての品性が欠け過ぎているように思える。
この映画が投げかけたことを、少女も刑事も観客も、皆それぞれが自分に問い続ける。どんな視点で加害者家族を見るべきなのか、深い部分で問いかけられた映画だった。

ドラキュラ  BRAM STOKER'S DRACULA

2008–11–26 (Wed) 00:00
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甦る魂の追憶

★★★★★★★★  動画

少女のとき、純粋に大好きだった童話。
ある日、幼心を覆す、一冊の本との出会いがあった。
それは、シャルル・ペローの「ねむり姫」
芸術的で美しい挿絵ながら、残酷な結末が描かれており
私の無垢な心は、その衝撃にただどんよりとしただけ。
ただ、その衝撃と挿絵の美しさ故に、その本は私にとって特別だった。
ディズニーに脚色されたハッピーな物語なんて綺麗ごとで
グリム童話の原作だって、えてして残酷なのである。


じっとりとまとわり付くような重たい空気が取り巻く夜の森 
ドラキュラ伯邸に向かう英国弁護士ジョナサンを乗せ
冥界からの使者のごとき不気味な馬車は彷徨う。
中世さながらの、トランシルバニア城の中の異様さは
あの「ねむり姫」にも通じるものがある。
あの時感じたなんとも言えない妖しい空気
おどろおどろしささえ感じる湿度の高い不気味な恐怖感
そして、その幻想的で寂びれたヨーロッパの情景がそこに存在する。


オズワルドとエリザベータの血ぬられた悲恋。
ミナと出逢ったドラキュラの悲痛なまでの魂の記憶は
その秘められた悲恋を呼び覚ます輪廻である。
これは400年にも及ぶ、悲しき純愛の物語。
それは、あまりにも残酷でせつない。


オールドマンの指先まで作り込み行き届いた怪奇で繊細な演技。
影絵のようなドラキュラの影の演出もなにか童話的でゾワゾワする。
ウィノナの咲きかけた可憐な花びらのようなデリケートさと芯の強さ。
キアヌの線の細い生真面目故の危うさ。
この三人&妖しく美しいサディ・フロストが見事にはまっている。
アンソニー・ホプキンスも、あーこの役ピッタリと思った。


光と闇にうごめく影。
漂うエロティックさとそこはかとない妖しさ
とこしえの夢と現実を夢想し彷徨う妖しい浮遊感
コッポラの作り上げた世界に終盤近くまで、すっかり捕えられ
これは一つの芸術なのだと位置付けることになった。


むむむ、しかし終盤のドラキュラの末路がなんだかちゃちいのだ。
堕ちてゆくドラキュラの末路はそんなものかもしれないけれど
それでも、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を
コッポラは、また違った視点で見せてくれたと思う。
小道具や石岡瑛子さんのコスチュームの素晴らしさ
ルーシーの館と迷路のような庭園の優美さは印象的。
あのガラス張りのサンルームでお茶する光景も夢心地です。

トランスフォーマー  TRANSFORMERS

2007–08–24 (Fri) 00:00
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 これぞ映像革命   ★★★★★★★

なんだか陳腐でつまんないアニメだな(チラリと観た程度なのでファンの方スミマセン)という印象を持っていた元ネタのこのアニメ。すっかり忘れていた数年後、驚くべき大作となって凱旋帰国したことに衝撃と興味をそそられてしまった。アメリカでは記録さえ塗り替えたほど大ヒットらしいし。

惑星セイバートロンの金属生命体、地球を支配しようと目論む悪の軍団デストロンと、地球を守ろうとする正義の味方サイバトロンの闘い。単純にそれだけなんだけど、そこにヲタ青年とロボットの友情、憧れの女の子との恋、人類の危機と国家機密的な要素も絡め、巨匠たちが途方もない制作費をかけて、スケール感いっぱいに描いている。
掴みはOKなんだけど、庭で眼鏡を待ってるロボットたちのかくれんぼ辺りからどんどんお子様ロボアニメチックな展開へと変貌する。

個人的にはバンブルビーとサムのやり取りが良かったかな。意図的に謎めいた行動でサムを翻弄したり、ボロボロのカマロがピカピカになって戻ってくる辺りは楽しかった。お隣のカップルの女の子は、ケラケラ笑ったり、思わず「あっ」と驚きの声をあげたりしてかなり楽しんでいた様子。

トランスフォームのシーン&リアルな金属の質感は凄いなと思ったし、子供の頃からアニメの変身モノ(もっと単純な仕組みの)&勧善懲悪モノに馴染んでいたせいか、こういう物語自体はそう抵抗はなかった。

でもねー。巨匠のお仕事ということを考えると、詰めの甘さにちょっと突っ込みを入れたくなってしまうのです。あそこまで引っ張った眼鏡についてはえ?ってくらい呆気ないし、あまり重要でもない。しかも、なんでキューブを隠しにわざわざ人口密度の高い大都会へ行くの? まあ、ひと気のない大自然で闘ってもあまり面白い絵にならないからか・・はたまたあのゴチャゴチャ感で映像をごまかしてるのか?最後は敵味方の区別さえ半分はつかなってしまう。途中からなんだか強引で陳腐な流れになってしまった。

でも、あのお子様向けアニメ&タカラの玩具がスピルバーグやマイケル・ベイによって、ケタ違いにレベルアップして、ここまで映像化されたというのだけでも単純に凄いんじゃないでしょうか。

誰も知らない Nobody Knows

2005–12–07 (Wed) 00:00
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かけがえのない命の輝き

エンドロールで涙が溢れるのを必死でこらえた。
ああぁ・・涙が出たらきっと止まらなくなってしまう・・・。

★★★★★★★★


かつて、父親も違う、戸籍もない、学校にも行けない4人の兄妹が居た。
私たちにとって、当たり前の前提さえ当たり前ではない現実。
唯一絶対である母は、はにかむような笑顔を向ける可愛い子供たちを残して、ある日、突然、メモと当面のお金だけを置いて出て行ってしまう。幼い兄妹は、あまりにも過酷な現実を生きなければならなかった。
 

 
ドキュメンタリーのように淡々と営まれる生活の中で
確かに存在するかけがえのない4つの命。
  
今まで誰も知らない自分たちの存在を開放するように
家から飛び出した子供たちは、喜びに輝いてキラキラしていた。

A01057_03.jpg
そして、そんな4人の漂流生活は、
次第に痛々しさを増してゆく・・・・
荒れ果てていく部屋
電気もガスも水道も止められ
明が貰う余ったコンビニ弁当で
辛うじて食い繋ぐ日々。

・・・それでも、子供たちは精一杯生きようとしていた。

帰って来ない母を迎えに行ったゆきちゃんの天使のような笑顔と
キュッキュサンダルとアポロチョコがせつなすぎて・・・
帰ってあげて!と、私も祈るような気持ちだった。

  子供たちが素晴らしい

 どの子も抱きしめてあげたいほど愛おしい。
 見上げた空、電車の中、それは、あまりにも悲しく美しい情景。

YOU独特の「乾いたいい加減さ」を持つキャラが、憎めない母親像を生み出している。 そこには監督の問いかける意味がある。母親の身勝手さだけでなく、無責任な父親たち、そして、無関心な世間も、同じように子供たちを見捨てていたのかもしれないと・・・。
無関心の怖さ。 自分だったらそうじゃなかったと言い切れるだろうか・・・。
みんなある意味同罪なのかもしれない、ネグレクトの裏側。
 
だからこそ、1年かけて子供たちを撮り続けたレンズの向こうには、
是枝監督の誰かを責めることのないやさしい視点が溢れている。
そこに映るのは、愛され育まれる権利のある かけがえない命の輝き
子供たちの自然で豊かな表情を引き出した監督の演出に拍手を送りたい。



実話の「巣鴨子供置き去り事件」

それは、あまりにも悲惨で、12歳の少年の体験は残酷だった。

それでも少年は、「お母さんは悪くない。僕が悪いんです」と泣いたという。

よろしくね。」と言った母の言いつけを
守れなかったことを悔やんで・・・。

監督は、そんな少年が愛しくてそっと抱きしめてあげたいと思った。
この作品には、そんな監督の想いが込められている。

カンヌ映画祭主演男優賞を最年少で受賞した柳楽君。
彼の瞳には力がある。瞳で多くを語る数少ない役者だと思う。
どうも私は彼の演技は涙のツボのようで、涙腺がゆるくなるようだ。

エンドロールで必死に我慢した涙も、走るように乗り込んだ車で
息せき切ったように溢れ出し、しばらく止まらなかった。

 ただ淡々と観ていたはずなのだけど・・・
 せつなくてせつなくて、もうどうしようもない。
 そして、車で待っていたわが子たちがとても愛しかった。
テーマ→映画感想 / ジャンル→映画

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