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ブライト・スター いちばん美しい恋の詩 / BRIGHT STAR

2010–07–01 (Thu) 00:00

美しい君への思いをどう表現すべきか 

輝きを超えて輝く美しい言葉が必要だ
 
いっそ僕らが夏の3日間を生きる蝶であったなら…
 
平凡な50年を生きるより 深い歓びの日々になる


 
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                                     ★★★★★★☆  公式サイト 


25歳で逝去するまで、史上最も美しいとされるラブレターを、恋人ファニー・ブローンへ送っていた詩人ジョン・キーツ。その才能は後年、イギリス文学会の巨匠といえば劇作家はシェイクスピア、詩人はジョン・キーツ、小説家はディケンズと称えられるほど。

彼がどのような心情で詩をしたためていたか、あの美しい詩の背景にどんな恋物語が存在したのかとても興味を抱いた。綴るというより、インクとペンでしたためるといった表現がピタリとくる時代。そこに斬新な恋のカタチがあるのではなく、儚くも、詩のパラダイムと共に昇華してゆくせつない純愛。

 
二人は創作者だった。キーツは繊細な感性で詩を創作し、ファニーは得意の裁縫で一針一針ドレスや身の回りのモノを創作する。ファニーは、自分の裁縫の腕前とセンスに自信を持ち、好き嫌いにきっぱりした現代子、そんな彼女が、「私のお裁縫よりあなたの詩の方が上手だわ」と彼の才能と存在に惹かれ、キーツのなかにも日増しに彼女の存在が大きくなっていった。


自然はその創作者たちの純愛をみずみずしく彩り、装いは乙女を輝かせ、詩は二人の言葉となり、詩人は命を刻み込むように愛を謳う。恋した者が辿る甘い苦しみは、映し身を蝶になぞらえあの人の元へと想い羽ばたかせ、花がたわわに咲き乱れた枝の樹冠のベッドに横たわり、蒼穹の天蓋に魂を解放する。すべてが感受。小鳥のさえずりやクラシカルな調べが清潔な静謐感をより深め、歓びや華やぎ、命の息吹が、女性監督ならではのたおやかさと心地よいバランスで美しく散りばめられていた。
私はこの時代のイギリス女性の装いがとても好きなので、デザインや、布の素材の質感さえもまるでファニー自身のように楽しんだ。 
 

ベン・ウィショー演じるキーツのまぐわうような語り口で謳われる詩は、込められた真髄がより深く紐解かれるように心に響いてくる。詩人にアイデンティティはない・・・そうかもしれない。思考が停止すると感性が目覚める。その源流からほとばしるままに湧き出るものでなければならず、その瞬間の感性を切り取るものが詩なのだろう。消え入りそうなキーツの命の灯火と躍動する命輝くアビー・コーニッシュ演じるファニー。運命はせつなくも残酷に二人の恋を永遠にする。生死を超越するのは、唯一詩人の言葉だけという名越康文さんの言葉のように、詩とは肉体を超越した感受なのだ。


そして私の脳裏でこの物語と重なったのが、象徴的な題名を持つ、武者小路実篤の小説「愛と死」だった。
渡欧した小説家と、日本に残した婚約者は、再会を指折り数えて、想いのたけをしたためた文通を交わす。眩しいほどの喜びに溢れた手紙を待ち焦がれる二人のやり取りが、愛を知った素晴らしさを印象付ける。なのに、あと数日で逢える日に、その甘い苦しみは、恋人の死によって、一瞬にして身を引き裂くような苦しみに変わってしまう。
この「白樺派」純愛といわれる小説を超えた実話が、200年前のイギリスで存在していたのだった。

今もなお、数々の珠玉の詩の中で、キーツの愛の言魂は美しく輝き続けている。

ホリデイ  THE HOLIDAY

2008–10–20 (Mon) 00:00
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たまには日常を忘れて

別世界へトリップしよう

それは素敵な偶然への

プロローグ



★★★★★★☆


私は、恋愛映画にそんなに期待しないし、劇場で観ることもそんなにない。
でも考えてみると、期待しない割には、意外と感動してんじゃん・・・と思う。
なかでも、『恋愛適齢期』は、ラストで思いがけず幸せな気持ちにさせてくれたので 、同じ、ナンシー・メイヤーズ監督作品ということで、観てみたいなぁと思っていた。

付き合って数年・・・  
私は彼にとって、もしや都合の良い女なの?
キャリアに生きる二人の女の切実な恋愛事情。
気付いたときにはとてつもない喪失感に襲われる。


失恋の勢いで、見ず知らず同士なのに
ビバリーヒルズの豪邸とイギリスの小さな村のコテージを
ホーム・エクスチェンジして休暇を過ごすことにした二人。
そこで出逢うんですねぇ・・・予想通り。


人はしばしば恋に欺かれ、恋に傷つき、不幸にもなる。
それでも人に恋するのだ。


かの人の言ったこの言葉そのものを地でいく アマンダとアイリス。
傷心の心を埋める特効薬は、仕事よりやはり新たな恋。  


こんなに都合よく、運命の人に出会える訳ないよ。とか
こんなにあっさり恋に堕ちるぅ?とか、理屈では思うけれど
恋に理屈は有ってないようなもの。
終わるまで、私もジュード・ロウに恋していたようです。
いえ、グラハムに・・・。 笑


今までなんだか無機質なイメージが先行していたけれど
アマンダを見つめる優しい眼差しや微笑みが魅力的で、
表情そのものに品や色気のあるジュードの美しさは見惚れてしまう。
クールを装ってて、実はこっそり泣いてたところもかわいらしく。


失恋したからこそ、めぐり逢えた運命の恋。
それぞれのホリデイは、忘れがたいものになってゆくのだけれど
恋は盲目であり、同時に心の柔らかい部分を目覚めさせる媚薬でもある。
その媚薬は、良い恋愛においては、人生の最高の処方箋になってくれる。


大筋は最初から分かっていても、たまには恋愛映画もいいな
と感じさせてくれる作品です。

パピヨンの贈りもの  Le Papillon

2008–07–30 (Wed) 00:00
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 秘密の二人旅



  ★★★★★★★★




秘密とか秘めごとってわくわくする
こっそり自分だけが知ってるコトも
誰かと共有するコトもね


少女のころ、なぜだか鍵のアクセサリーや
玩具を見つけると 何十分も夢中で見つめていた
その鍵にはトクベツな魔法がかかっていて
秘密の扉の鍵かも・・・
秘密の小箱の鍵かも・・・
なんて、その先にどんな物語が待っているのか
無限のイマジネーションは膨らんでいった


だから 秘密という言葉は
今でもどこか魅惑的な響きでもある


秘密の花園って言葉も至極魅力的だったりする
そこは閉ざされた天国のように美しい場所で
秘密の花園には絶対蝶々がいるに決まってる


この「パピヨンの贈りもの」にも秘め事がある


おじいちゃんの秘密の部屋 
少女とおじいちゃんの秘密の旅
とても珍しい秘密の蝶々


こっそり覗いた おじいちゃんの秘密の部屋は
まさに秘密の花園に迷いこんだように魅力的
燦燦と降り注ぐ光  こぼれ落ちるほど咲く花
その小さな楽園にひらひらと美しい蝶々が舞い踊る
あぁ、私も迷い込んでみたいなぁー 


ちょっと偏屈な蝶々収集家の老人と
ママの愛情に飢えた一人ぼっちの少女
老人にとって顔見知りに過ぎなかった少女が
なぜか旅の道連れとなってしまう


蝶々を探す秘密の旅のなか 少女との日々で
老人の中に暖かな慈しみが甦ってゆく
様々な再生をも ときの流れは芽吹かせる
いつの間にか トクベツな友情がふたりに芽生える


いつの日にか失っていった大切なキモチ・・・ 
それは 多分 失ったのではなく
固く閉じた心の扉の奥に押し込められ
きっと その扉が開くときを ひたすら待ちわびている
様々な出来事の中で その扉の鍵を見つけるチャンスを
神様から与えられているのかもしれない・・・


もうふたりは 親友というより 共に乗り越え
信頼し合う戦友みたいだと私には思えた



少女役のクレール・ブアニッシュは フランス版
「千と千尋の神隠し」の吹き替えをした子です
真っ直ぐな瞳と 自然な素朴さがカワイイ


The fragment of a movie 7
フランスの名優 ミシェル・セローと名子役 クレール・ブアニッシュの
カワイイ歌を聴いてほっこりしてくださいな



ベオウルフ/呪われし勇者  BEOWULF

2008–01–21 (Mon) 17:41
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3Dなんだけど・・・


★★★★☆  公式サイト



「ロード・オブ・ザ・リング」そして「300」のスタッフが総力を挙げて
作ったという宣伝文句だけの前知識の元、観て来ました。
人を待つ間の時間潰しで、丁度上映時間が合ったからなのですが。


実は、実写と勘違いしていたのです。CMでも見抜けなかった。。
湖から現れたアンジー似の美女に誘われてるあのCM、
アンジーだとばかり思っていたのですよ(おバカ)


そのせいか、全編CGなのにはどうも違和感が強く、
CG特有の映像質感と、人物の動きや表情の微妙なぎこちなさに
最後の最後まで馴染めず・・・で終わってしまった。はぁ。。(ため息)
噂の3Dも、違和感の方に気を取られて、私にはあまり迫力が感じられず・・・。
特に胸に迫るモノもなく・・・・・・・。
お妃の清廉な歌声が良かったくらいかなぁ(笑)
あと、北欧が舞台で文化的なモノも反映しているのかなという
ちょっと興味の有る視点で観れたのは良かったかも。


単純なる「英雄 色を好む」=破滅的なストーリーです。
例え、怪物だと分かっててもアンジー似の美女の色香と
オイシイ話には勝てないのが男の性なんですねぇ。。
でもこのアンジー、どうも不気味で。。。
決して、「ロード・オブ・ザ・リング」や「300」を超えてません。

ブラック・スネーク・モーン  BLACK SNAKE MOAN

2008–01–08 (Tue) 00:00
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つながりたい-

衝撃的な“愛”のカタチ





★★★★★★★☆     公式サイト  




皆、それぞれ心に何かしらの痛みを抱えて生きている。
母の胎内から下界に産み落とされた時点で
全てを受容するしか術のない私たち。
環境によって、体験した痛みは様々違うけれど、
大なり小なり、皆、苦しみもがいているのだと思う。


クリスティーナの演じたレイのセックス依存症は、
傍目から見れば異常にも見える。でもそのトラウマを、
単に異常と切り捨てることができるだろうか?
陵辱された苦痛と悲しみ、愛の欠乏、苛む孤独という
抱えきれない苦しみに押しつぶされそうな彼女の
激しい葛藤と心の叫びそのものだと思えた。


荒療治によって彼女を救おうとするサミュエル演じるラザラスにしろ、
パニック障害を抱える恋人のジャスティンにしろ、
それぞれ生きてきた背景に痛みを抱えている。
度々、挿入されるブルースは、絶望や悲しみ痛みをまるごと肯定する。
その痛みがあればこそ、他人の痛みに我が事のように手を差し伸べる
ことのできる人間に成長し得るのではないだろうか。
そして、痛みは揺るぎない信頼によって乗り越えてもいけるものだと
そう感じさせてくれる作品だった。


クリスティーナ・リッチがとても良い。女優魂がある。
彼女は演じてることを意識させないところが素晴らしい。
まるで素であるかのように・・・。
今後も、一作一作、着実に成長してゆく彼女から目が話せない。


劇場を出て、渋谷の街の雑踏を歩きながら、この人たちも皆、
様々な痛みを心に抱えているのだろうなと、ふとそんな思いになった。

プロヴァンスの贈りもの  A GOOD YEAR

2007–08–19 (Sun) 02:36
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 プロヴァンスの豊な味わいと風味

  ★★★★★★

原作者のピーター・メイルは、以前「南仏プロバンスの12ヶ月」で南プロバンスを大流行させた立役者。今はブームも去っているだけにちょっぴり今更感はもありつつ、リドリー&ラッセルということで観てきました。
マイナーな作品と思いきや恵比寿ガーデンシネマは満席。そうなったらどうしても観たくなり錦糸町まで行ってしまいました。

美しいプロバンスとワイン、そこに居る登場人物のありがちな物語なので、強い特色もなく知らなければリドリー・スコットの作品とは思う人は少ないはず。
大親友のピーター・メイルと共に商業的な成功を考えず楽しんで作った様子が伝わってきます。それは彼がプロバンスに15年前に住んでたということもあり、主人公マックスが自分の人生に重なるように郷愁的な想いが物語に反映しているからなのでしょう。

一人一人のキャラもきちんと立っていて飽きずに観れますし、ズシンと何か残る訳ではないけれど、先の読めるストーリーとはいえ、こういう人生を選べるって素敵だなと思わせてくれます。

「彼の笑顔は素晴らしいよ。天気のいい日曜の朝、自宅でくつろいでいるときの笑顔って感じだろ? だからこそこの映画に出てもらったのさ」
by リドリー・スコット

photo02.jpg
うーん、このラッセルの笑顔 確かにステキ

AGoodYear_sub.jpg


とても雰囲気のよい二人。憧れるー
最後にヘンリーおじさんの農園に居た彼らがとても豊かに感じられました。


熟成される前のワインのような味わい。次第に芳醇な薫り高きワインへと熟成されてゆくように、彼らの今後も更に深みが増してゆくのだろうと想像させてくれます。さらりとした余韻が残る・・そんな大人の作品でした。

バッド・エデュケーション  LA MALA EDUCACION

2007–07–10 (Tue) 00:00
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 ある一つの愛のカタチ

 ★★★★★☆
 公式サイト

私はゲイには偏見はない方だと思っている。それは、きっと昔、はとこのお姉さんの影響で、竹宮恵子さんの名作漫画「風と樹の詩」を読んでいたからかもしれない。少年たちの禁断の愛は、子供の目にはとても衝撃的且つ鮮烈で不愉快さも感じたけれど、次第に、圧倒されるほど美しく儚く耽美な竹宮ワールドにどんどん惹きこまれていった。だいたい私の中のイメージなんて少女漫画が始まりなのだから、まず美しいとかそういったレベルを超えてないのだろうと思う。

しかし、この作品はそういう印象ではなかった。当たり前といえばそうだけど。スペインの寄宿舎で起った衝撃的な出来事が一人の少年の人生を変えてしまった。イグナシオとエンリケはあの事件によって、離れても特別な存在になっていた。

アルモドバルといえば、独特の色彩センスを持つ監督である。そしてゲイを定義した作品も多い。
自伝的半生を描いたといわれるこの作品でも、一癖も二癖もあるような人間臭い登場人物たちが、それぞれの苦悩と向き合い絡み合いながら、彼独特のスペインの鮮烈な色彩で描かれている。過去と現在が交錯し、次第に謎が明らかになってゆくのだけど・・ 愛とか欲望というものをある意味考えさせられる。
しかし、マイノリティ否定論者ではないけれど、元神父の醜悪さは思いっきり引いてしまった。はぁー物悲しい。ガエルも体張った役結構多いよね。彼らが本当はゲイではなく演技だと考えると凄い。妙に感心してしまった。

パフューム ある人殺しの物語   DAS PARFUM

2007–03–10 (Sat) 00:00
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公式サイト

★★★★★★☆ 



全編通して、映像から臭覚を刺激された初めての感覚。
人は視覚を通して、ニオイを感じることができるのだとこの作品は証明してくれた。映像から匂いたつような様々な香りは、イメージから脳へ到達し、ときには陶酔した感覚さえ共有できるものだった。

物語は18世紀のパリ。魚市場にいざなわれた観客は、そのリアルな映像の中に、まるで見えない悪臭がむせかえるように充満している不快感に襲われる。魚の死骸とウジのうごめく中で産み落とされた、類まれなる驚異の臭覚を持つジャン=パティスト・グルヌイユ 自らも気づかぬ目的の為にただひたすら生き抜くグルヌイユが、心奪われるのはあらゆる匂いだけ。 
ある日、少女から醸し出される匂いに取り憑かれた彼は、自分の使命に目覚めてしまう。香りをどうにか保存しようと考えた彼は、その手段として香水の調合士となり、入浴の風習がなく悪臭漂うパリの街で、彼の調合した芳しい香水は優雅な人々を魅了する。でも、それは彼の求める匂いではなかった。 彼は、ただひたすらに理想の匂いとその保存方法を執拗なまでに追い求め、数々の穢れなき悪業を重ねてしまう。

グルヌイユ。孤独な天才。穢れなき悪行をどう見るかは観客に委ねられるだろう。そして、驚くべき二段仕込のラストも物議を引き起こしている。
 
私はこの作品に入り込みながらも、入り込めない感覚があった。それは、私が決して彼にはなれないから・・なんだと思う。だからグルヌイユの行為をどう解釈してよいのかさえ解りかねた。 
しかし、彼は愛されたことがない。愛したこともない。そして愛する術も知らない・・・ 彼の中に存在しないはずのものが地下水のように存在し、それが醗酵して仄暗さをまとった歪んだ本能になってしまったとしたらどうだろう・・・

ただひたすら求めたものは、彼にない「体臭=アイデンティティ」そのものだったのだろうと思う。必要だったその結晶で神に近づけたとしても、決して満たされることはない。愛し愛されたこともなく、愛する術も知らない彼は、本能の中で愛を無意識に求めていたということなのか・・・

それにしても、監督トム・ティクバは、小説の世界観を見事に再現している。当時の生活の匂い、苔生すような自然の匂い、そして様々なモノの匂いと臭いが混在する様が、スクリーンを超えてこちらへ伝わってくる、18世紀のパリを体感するような見事な映像化に成功している。
ベン・ウィショーは純粋さと狂気さを併せ持つグルヌイユそのもの。彼の演技は素晴らしかった。そして、レイチェル・ハード=ウッドもとても良い 私の中でローラを殺さないで!と何度ハラハラしたことか(笑)イングリッド・バーグマンを彷彿とさせる、端正な顔立ちと穢れなき美少女ぶりで物語を引き立ててくれる。そしてベルリンフィルの音楽も素晴らしくて、とても物語を繊細に感じさせる効果になっている。 

結局、何か私の中でやはり入り込めないものが残った。なんとも言い難いスッキリしない感覚。途中からファンタジーに変わって、余計に距離を感じてしまったのが残念だけれど、それも原作に忠実なのだから仕方ないということか・・・ 結局、何が残ったのだろうか・・・と言われたら映像の中で感じた匂いと、鋭くなった臭覚だろうか。。。
しかし、映像の見事さと俳優陣の素晴らしさ、この独特の世界観は観て損はないものだったと思える。

1500万部突破の大ベストセラー、パトリック・ジュースキントの小説「香水~ある人殺しの物語~」はグイグイ惹きこまれる作品らしいので、こちらもぜひ読んでみたいと思う。

パッチギ

2006–03–21 (Tue) 00:00
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世界は、愛で変えられる。

オレの17歳はアイツの強烈なパッチギから始まった。
歌ってはいけない唄と、あの娘の、挟み撃ちにあいながらあの頃の京都は激しく、怒濤の日々だった。


★★★★★

辛口になってしまいそうです。あの時代の雰囲気はとてもよく出ていたのだけど、全編通して繰り広げられるビーバップハイスクールばりの暴力シーンは苦痛になってしまった。無知なんだけど、1968年頃ってああだったの?
暴力の挙句、バスを横倒しにするわ、サッカーの親善試合で審判の教師にまで暴力が及ぶわ、誰がやったか明白だというのに警察沙汰にならないのは何故? 日本と北朝鮮の根深い問題を描いているにしてもねぇ・・。
 朝学の女学生たちが、あんなに激しい暴力を無表情で傍観してる心理も違和感あるし、単にこういうの苦手ってことなんだろうな。それを差し引いても人物描写も浅いし描き方が大雑把。在日北朝鮮側に好意的に描かれている反面、日本側が空っぽで魅力がまるで感じられない。

あと、シーンの繋げ方(ブラックインアウト)がかなり気になる。これが総合的に井筒作品だと言われれば、そうかもしれないけど。ただ、「イムジン河」の使われ方は効果的。一つの国がイムジン河で隔てられた悲しみが日朝問題にもシンクロして、物悲しさを誘うもの確か。

それから、妙に気になったのが、出演者の語り口や台詞が、まるで井筒監督そのものだということ(笑)登場人物に個性は有っても、結局、監督の演技指導のせいか(厳しいと評判だけど)語り口調も台詞に込められた人生観もどこか監督のコピーに見えて、どうも彼らにダブって井筒監督の顔がチラついてしまう

そんな中、沢尻エリカちゃんが役柄にピッタリと会っていて可愛く、あの時代に居そうな不思議さんなオダギリジョーの飄々さ加減は、暴力シーンにうんざりした気分をほっと癒してくれた(笑)

ポネット  Ponette

2006–03–08 (Wed) 00:00
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たった4歳の少女ポネットのひたむきな祈りが世界中を涙でつつみこんだ。

若干4歳で史上最年少ベネツィア国際映画祭、主演女優賞を受賞したヴィクトワール・ティヴィソルの奇跡の演技。
 
★★★★★★★★

「全能の神様、ママは死にました。神様と一緒のはずです。
ママに私とお話しするよう伝えて下さい」


「ポネットのママは事故で死んでしまった。幼いポネットにわかるのは、ママがいなくなったことだけ。きっと会いに来てくれる…。そう信じてポネットは人形のヨヨットとママを待ち続ける。草原に寝転び、ベッドでお祈りをして…。大人が話す“死"”の説明に満足できずに、ポネットは自分の世界に閉じこもる。やがて泣きつかれたころ、静かに“奇跡”が訪れた…。」

ほんとに演技なの!?ヴィクトワールの汚れのない潤んだ瞳を観て、何度も何度もそう問いかけていた。彼女だけを追えばドキュメンタリーでは?と錯覚しそうになくらい、シナリオ通りの演技とは思えないほど自然な幼さに溢れ、子供の持つ一瞬一瞬のきらめきを、惜しみなくスクリーンに焼き付けたヴィクトワール。この瞳はヤバイ。ヨヨットの名前とクッタリ感もツボだわ(笑)

監督ジャック・ドワイヨンは、終始ポネットの視点でこの作品を描いている。
けな気なほどひたむきなポネットの瞳は、大好きな『風の谷のナウシカ』の中で、大人から王蟲を必死で守ろうとした、幼き日のナウシカとどこか重なってしまう。素朴で穏やかな自然の中で、無垢なこころに灯った一途な祈りが、胸に深くせつなく迫ってくる。

0006.jpg忘却と妥協によって大人たちが失った、幼子の透き通るこころ。
『禁じられた遊び』のポーレット、『ミツバチのささやき』のアナ。『汚れなき悪戯』のマリセリーノ、そして、ポネットに共通する生と死、現実と幻想に漂う幼子だけが持つ無垢なる小宇宙は、誰もが通過し忘却してきた幼き日の懐古を呼び覚ます。だからこそ、こんなにせつなくなるのかもしれない・・・。
 
この映画を作るにあたって、『あらすじだけを用意して、何百人ものこどもたちから“死”について聞き、セリフを集めた。そしてポネットを演じるヴィクトワール・ティヴィソルに出会い、まだ死を理性的に受けとめられない4才の幼いこどもの眼でみた世界を描くことに決めた。』というドワイヨン。

でも、彼が集めたセリフをポネットが語っていたなんてその事実の方が信じられないくらい。ヴィクトワールの瑞々しい素の魅力を引き出したドワイヨンの演出は見事としかいいようがない。
3歳のヴィクトワールは、決して役柄と自分を混同せず、きちんと距離を保って演じていたというのだから凄い。というか、凄すぎる(笑)

従兄弟のデルフィーヌ(デルフィーヌ・シルツ)やマチアス(マチアス・ビューロー・カトン)とのやり取りも、あまりにも自然で無邪気で可愛い。フランスの子供たちって、なんておしゃまさんでお洒落さんなんだろうって思う。こんなにまっさらな彼らが、いつかリトマス試験紙のように、大人の世界に染まっていくなんてせつないなぁ・・・。

「楽しむことを、学びなさい」という、ママ(マリー・トランティニャン)の素敵なメッセージは、それが現実か、ポネットの生み出した幻想かは分からないけれど、訪れた変化を、はにかんだ薔薇色の微笑みで伝えてくれるポネット。ヴィクトワールの自然な演技にはもう脱帽です。 ポネットに似てないママの登場の仕方がちょっと残念だったけれど。ママ役のマリー・トランティニャンは、2003年に恋人に撲殺されてしまったそうです

ヴィクトワールはその後、『ショコラ』でジュリエット・ビノシュの娘役を演じている。あの子がポネットだったなんてちょっと驚き。 ドワイヨンの他の作品にも興味が尽きない。奥様のジェーン・バーキンとの作品『ラ・ピラート』も必見かも!
テーマ→絶対見てほしい洋画 / ジャンル→映画

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