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オーロラの彼方へ  FREQUENCY

2005–12–27 (Tue) 00:00
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オーロラが起こした奇跡

地球を取り巻くオーロラの幻想的なオープニングが
ただならぬ気配を感じさせる。

★★★★★★☆




30年以来のオーロラがNYの空に現れた夜のこと、36歳の刑事ジョンは、偶然、死んだ父のアマチュア無線を見つけた。そこに突然通信してきた相手、それはなんと30年前の父フランクだった。
オーロラの現れた過去と現在が、時空の歪みによって繋がった瞬間だった。ジョンは、消防士として殉死したことを父に知らせ回避させる。でも、その変えられた過去によって、今度は母が殺されるというとんでもない現実を生んでしまう。



クロスしたのは、『バタフライ・エフェクト』
過去を変えれば、未来はとんでもない方向へ変わってしまう・・という
共通したパラドックス物ではあるのだけど、ジョンは過去に戻れる訳ではなく、父との無線だけが過去を繋ぐ唯一のプラグになっている。
現在と30年前が同時進行し、変化した過去の断片的な記憶のみが、ジョンの脳裏には記憶されてしまう。

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父に生きていて欲しかった。もう一度会いたかった。

なかなか巧みな脚本で、通信相手は死んだ父なのか?・・・というところから一気に観客を引き込み、中だるみもないテンポ良さは飽きさせない。
登場人物それぞれの設定が上手く絡み合いながら物語は進行し、父と息子がヤンキースファンというのも重要な役割として物語を膨らませている。
30年前が変わると、途端に現実にも結果が現れる場面も面白い。

ただ、ジョンに襲い掛かった犯人の存在は一体・・・と疑問を感じたり、オーロラの頻繁な出現やラストは、ちょっと都合良く感じなくもない。
でも、ありきたりの家族物ではないところが良い。

ジョン役のジム・カヴィーセルは、衝撃作『パッション』の崇高で凄絶なキリスト役とはまるで違う、人生の壁にぶつかった陰のある普通の青年を演じている。そして、善良で暖かい父の存在感がとても良かったデニス・クエイド。まさにアメリカの良き父親像ではないだろうか。
彼の存在感が、親の有り難さ、家族の大切さをより一層感じさせてくれる。
テーマ→映画感想 / ジャンル→映画

キングコング  KING KONG(2005)

2005–12–24 (Sat) 00:00
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予想以上にせつないラブストーリー 

2、3度、うるる・・の波がやってきた。
2005年度版、美女と野獣の物語。

★★★★★★★★


こんなに魅力的なキングコングはかつて存在しなかったと思う。
猛々しく俊敏な動きと、島の王たる風格を持つ圧倒的な存在感。
そして、心情を表す眼差しは、時には憂いさえ帯びている。
彼の様々な自己表現に、観客も次第に感情移入してゆくのである。
もう、完璧としか言いようのないコング。

私は 1976年上映の「キングコング」しか知らないけれど
30年後に、P・Jがリメイクするとこう進化するものかと驚いた。

島に着くまでがちょっと長いなぁ、なんて思っていたのだけど
それからは、どんどん畳み掛けてくる展開に息もつかせない。
ジュラシックパーク系は苦手なのだけど、コングとT-REXの
死闘は、凄い迫力で引き込まれた。アクションそのものも見ごたえたっぷり。


大恐慌時代のアメリカを再現した美術、CGは完璧な見事さだし加えて、俳優陣の演技も素晴らしく、特に良かったのがナオミ・ワッツ。柔軟性に富むパフォーマンスや、全身で挑む演技と表情がとても魅力的。たおやかな女性らしさが時代設定にもピタリと合っている。

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  コングがアンに魅了される過程もなんだか微笑ましい。

  美しい夕焼け。スケートリンクでの楽しいひととき。
  瞳で交し合うその想い。
  最後の最後までアンを必死で守り抜くコングの一途さ。


       ラストに向かって・・・

せつなさがどんどん加速してゆく



コングのアンを見つめる時の瞳がね、なんとなくCOBRAに似てるんだよね。昔、見ていたアニメの二枚目半ぶり、凄くかっこよくて好きだったなー。余談ですみません(笑)
テーマ→キング・コング / ジャンル→映画

SAYURI  Memoirs of a Geisha

2005–12–12 (Mon) 00:00
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サクセスな芸者の恋物語


★★★★★☆ 





【Story】貧しい漁村に生まれ、京都の置屋に売られた少女千代。
境遇と売れっ子芸者初桃のイジメで沈んでいた千代に、アイスキャンデーを買ってくれた優しい紳士。その紳士に恋した千代は、ただひたすらに一流の芸者になれば
初恋の人と再会できると信じ続け、下働きも苦にならない日々だった。豆葉に見出された千代は、その神秘的な青い瞳と天性の魅力で、花街一の芸者に成長していく。


原作は、アーサー・ゴールデンのベストセラー、
Memoirs of a Geisha
スピルバーグ制作の元、芸者に対する誤解や偏見を取り去り
真の芸妓の世界に迫ろうと試みた作品だという。

しかし、冒頭の数分は日本語なのに、千代が置屋へ売られると一変・・。同じ国なのに、いきなり英語が飛び交い始めるのには驚いた。笑

チャン・ツィイーは、初恋のきた道でのうぶな面影をふと感じさせるような、半玉(舞妓)姿も初々しく、お座敷で舞う姿もさすがに美しい。

ただ、見せ場とも言える、お披露目での花魁張りの演出はというと・・。桜の舞い方がハンパじゃなく、なんだかちょっと鬱陶しい。ふとクロスしたのは『英雄 HERO』での、圧倒されるような枯葉の舞い方で、あのシーンを参考にしているのではなかろうか。

少女時代を体当たりで演じて好印象だった大後寿々香ちゃんとチャン・ツィイーの、ちょっとたれ目気味の瞳が似ているのもとても印象的。

ただ、コーン・リー、ミシェル・ヨーがサブメインということも有り
日本の花街とはニュアンスの異なる、アジア独特のアクの強い香りが
プンプン漂ってきそうだったのが残念。桃井かおりや工藤夕貴の存在感が淡ーく感じるようで・・・。

さゆりの恋する会長さん役の謙さんも、あの独特な発音のせいで、ラストサムライの時の演技と、どうも私にはダブってしまったのでした。ま、発音は、バットマン・ビギンズでもやっぱりそうだったけどね。

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そんな妙な点も多々あるけれど、衣装や小物は素晴らしく綺麗だし、雅な日本文化を伝えたいという気迫はとても感じられる。

ビジュアル的な美しさを楽しみ、ハリウッドな味付け加減を少々割り切ることが日本人としてこの作品を楽しめる秘訣ではないかと私は思うのでした。
日本文化への偏見を取り去ろうと試みてくれた姿勢に敬意を表し☆1個献上。
テーマ→SAYURI / ジャンル→映画

真珠の耳飾りの少女  GIRL WITH A PEARL EARRING

2005–12–08 (Thu) 00:00
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画家と少女の甘美なる至高の世界



★★★★★★★★★


静謐の画家と言われた、ヨハネス・フェルメール青いターバンの女 

この一枚の名画によって生まれた物語をスクリーンで観ていた私は、
ほんの数十秒でその世界に惹きこまれてしまった。
まず、薄明るい台所で野菜を切り分ける少女の姿が映し出される。
ざくざくと刻む音にいきなり五感を刺激されてしまう。
ただ、黙々と働く少女の立ち居振る舞いと無駄のない色彩に
何ともいえない心地よさを感じた。

極限に抑えられた色彩の中の繊細な光と漆黒の影。
そしてフェルメールだけが生み出せるラピスラズリブルー
差し色のごとき鮮やかさが、静謐な空間に過不足ない
崇高な色彩美を創りあげている。
美術も衣装も街も完璧に再現され、全てが完全なるフェルメールの
絵画の世界となって躍動する様子に感動を覚えてしまう。

誰かと共感できることは喜びである。
画家にとって少女に見出した類稀な色彩感覚は、
かつて経験したことのなかった共感であり、
存在によって高められる創造性は甘美な気配となって、
芸術に無知な妻の嫉妬を煽ることになってゆく。

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そして、なんと言ってもスカーレット・ヨハンソンの素晴らしいこと!

開ききらない蕾のごとき少女から一人の女性へと移ろう、
薄紙のようにデリケートな瞬間を見事に演じている。

退屈と捉えた人も居るだろうけど、私は大いに五感を刺激されてしまった。 
ただ、個人的にラストがピンとこなかったのは否めず-10


ワダエミが衣装を担当したオペラ『フェルメールの手紙 Writing to Vermeer』は、アムステルダムだけで公演されていたらしい。「神聖なる静けさ」をテーマにしたこのオペラも芸術の香り高き感じ。こちらでも上演してくれないかなぁ。
テーマ→映画レビュー / ジャンル→映画

誰も知らない Nobody Knows

2005–12–07 (Wed) 00:00
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かけがえのない命の輝き

エンドロールで涙が溢れるのを必死でこらえた。
ああぁ・・涙が出たらきっと止まらなくなってしまう・・・。

★★★★★★★★


かつて、父親も違う、戸籍もない、学校にも行けない4人の兄妹が居た。
私たちにとって、当たり前の前提さえ当たり前ではない現実。
唯一絶対である母は、はにかむような笑顔を向ける可愛い子供たちを残して、ある日、突然、メモと当面のお金だけを置いて出て行ってしまう。幼い兄妹は、あまりにも過酷な現実を生きなければならなかった。
 

 
ドキュメンタリーのように淡々と営まれる生活の中で
確かに存在するかけがえのない4つの命。
  
今まで誰も知らない自分たちの存在を開放するように
家から飛び出した子供たちは、喜びに輝いてキラキラしていた。

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そして、そんな4人の漂流生活は、
次第に痛々しさを増してゆく・・・・
荒れ果てていく部屋
電気もガスも水道も止められ
明が貰う余ったコンビニ弁当で
辛うじて食い繋ぐ日々。

・・・それでも、子供たちは精一杯生きようとしていた。

帰って来ない母を迎えに行ったゆきちゃんの天使のような笑顔と
キュッキュサンダルとアポロチョコがせつなすぎて・・・
帰ってあげて!と、私も祈るような気持ちだった。

  子供たちが素晴らしい

 どの子も抱きしめてあげたいほど愛おしい。
 見上げた空、電車の中、それは、あまりにも悲しく美しい情景。

YOU独特の「乾いたいい加減さ」を持つキャラが、憎めない母親像を生み出している。 そこには監督の問いかける意味がある。母親の身勝手さだけでなく、無責任な父親たち、そして、無関心な世間も、同じように子供たちを見捨てていたのかもしれないと・・・。
無関心の怖さ。 自分だったらそうじゃなかったと言い切れるだろうか・・・。
みんなある意味同罪なのかもしれない、ネグレクトの裏側。
 
だからこそ、1年かけて子供たちを撮り続けたレンズの向こうには、
是枝監督の誰かを責めることのないやさしい視点が溢れている。
そこに映るのは、愛され育まれる権利のある かけがえない命の輝き
子供たちの自然で豊かな表情を引き出した監督の演出に拍手を送りたい。



実話の「巣鴨子供置き去り事件」

それは、あまりにも悲惨で、12歳の少年の体験は残酷だった。

それでも少年は、「お母さんは悪くない。僕が悪いんです」と泣いたという。

よろしくね。」と言った母の言いつけを
守れなかったことを悔やんで・・・。

監督は、そんな少年が愛しくてそっと抱きしめてあげたいと思った。
この作品には、そんな監督の想いが込められている。

カンヌ映画祭主演男優賞を最年少で受賞した柳楽君。
彼の瞳には力がある。瞳で多くを語る数少ない役者だと思う。
どうも私は彼の演技は涙のツボのようで、涙腺がゆるくなるようだ。

エンドロールで必死に我慢した涙も、走るように乗り込んだ車で
息せき切ったように溢れ出し、しばらく止まらなかった。

 ただ淡々と観ていたはずなのだけど・・・
 せつなくてせつなくて、もうどうしようもない。
 そして、車で待っていたわが子たちがとても愛しかった。
テーマ→映画感想 / ジャンル→映画

ヘイフラワーとキルトシュー Hayflower & Quiltshoe

2005–12–01 (Thu) 00:00
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キュートな姉妹のおはなし

★★★★★★ 






ポテトの研究ばかりのパパ。
家事が苦手なママ。
わがままな妹のキルトシュー。
家事も妹の世話も、7歳のヘイフラワーに頼りっぱなしの家族。
とうとう、いつも良い子だったヘイフラワーも堪忍袋の緒が切れた!


北欧映画の素朴さが好きで、特に子供を題材にした作品に弱い。
劇場の遠さにもへこたれず初日の初回に鑑賞のヘイフラワーとキルトシューは、フィンランド女性5人に1人は観たという、愛らしい姉妹の物語。

ヘイフワラーの気持ち、すっごく分かる!
お姉ちゃんだから我慢していることっていろいろ有るんだよね。

本当は自分だって甘えたいのに、妹のわがままを聞いてあげたり、家族を心配したり、褒められたくて頑張っても妹に台無しにされちゃう。なのにパパとママは「お姉ちゃんでしょ」と妹優先。
もうっ、ブチキレたくもなるよね。
今回ばかりはヘイフラワーの決意は固いのだ。

それにしても、ユニークなお隣さん姉妹の色とりどりのパンセラピー。お片づけが大変そう・・・って可笑しな心配が沸いてしまった。笑
 
チャーミングで不器用な家族のやり取りを観ていると
姉妹に子供達が重なって見えたり
ヘイフラワーの姿に子供の時の自分を重ねたり
ママの気持ちが重なったり・・・。
色んな視点で見ると、ちょっぴりジーンとなった。

お気に入りなのは、ヘイフラワーが神様にお祈りするシーン。
家族を心配するヘイフラワーのけなげさにウルっとしてしまった。
そのシーンの色使いもとても素敵で、カトリーナ・ダヴィちゃんの透明感が、物語をとてもピュアにしている。

ブランコで眠っている二人も天使のように可愛かったなー。

  「Hayflower」はフィンランド語で麦わら帽子。
  「Quiltshoe」はフェルトの靴という意味。

  いつもヘイフラワーは麦わら帽子をかぶり
  キルトシューは白いフェルトの靴を履いている。

  なんて北欧らしい素朴で可愛いトレードマーク!


見どころの一つは、フィンランドならではのテキスタイルの鮮やかなインテリア。北欧ならではの雑貨や家具は勿論、子供部屋がとっても可愛い。「こんなお部屋だったら・・」と少女なら一度は夢見たようなお部屋なのだ。

そして、自然の景色、ムーミン谷にでも遭遇しそうな美しさはまさに妖精の国。こんな環境で育つ、フィンランドの子供達って幸せだなー。

画面いっぱいに、澄んだ北欧の空気を感じさせてくれます。

バタフライエフェクト The Butterfly Effect

2005–12–01 (Thu) 00:00
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君を救うため、ぼくは何度でも過去に戻る

このフレーズにとても興味をそそられた。

★★★★★★★★




誰でも過去に後悔を残すような出来事が、多少なりとも有るのではないだろうか。


経験や後悔は成長の過程に必要な事だけれど、一つの出来事がとんでもなく取り返しの付かない事になってしまうことが有ったら、後悔の深さに過去を変えてしまいたいと思うかもしれない。
もし、愛する人を救えるのならば、未来を変えたいと誰しも願ってしまうのではないだろうか。


主人公エヴァンはそれを実現できる特殊な能力を持っている。
それは、神にも許されない行為だと知っても、記憶を取り戻し、エヴァンは愛する人をどうにか救おうと過去へのタイムスリップを繰り返す (正しくはその当時の自分に戻ることができる)  しかし・・・

 
わずかに蝶が羽ばたいても、地球の裏側では竜巻が起こる

 
というカオス理論のように、ほんの少し過去が変わっただけでも、未来は予測のできない事態を巻き起こしてしまう。
主人公の得体の知れない後悔と、ボタンの掛け違いで起こるさまざまなパラドックスは、かけがえのない代償と痛みを伴うことになってしまう。


とにかく脚本が見事だと思う。5つの未来それぞれが結末に向かい、どれも必要なシーンとなってスリリングでめまぐるしく展開していき目が離せない。
アシュトン・カッチャーを始め、脇にも適役な役者が揃い、この物語に無理なく引き込んでくれる。


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もし私が彼だったら・・・
私にその能力があったら・・・




と考えながら観てしまい、エヴァンの痛みを想像で疑似体験してしまって辛かった。
リセットしたいことは色々有るけど、現実はエヴァンのようにはいかないし、どんな未来でも精一杯受け止めていくしかない。


時の流れ(長さではなく)だけはどんな人間にも平等に与えられている。そして人間はその経験や想いを未来に繋げてゆける想像の力を神から与えられている。引き返せないからこそ、この一瞬一瞬がどんなに大切なのかを実感できるのかもしれない。


切ないハッピーエンドが公開された、5月14日は私の誕生日。
そのせいか観た後に余計切ない気分だった。
テーマ→映画感想 / ジャンル→映画

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