スポンサーサイト

--–--–-- (--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ナルニア国物語 /第一章 ライオンと魔女   NARNIA

2006–02–27 (Mon) 00:00
Lion_witch.jpg

  神秘の世界に導かれて

★★★★★☆   公式サイト


原作では、なんとナルニア滅亡の第七章で完結するらしい。 折角なら、ディズニーにとことん最後まで作って欲しいな。しかし、最後は何年後でしょうね?。。(遠)

扉の向こうに魔法の国が存在して、その世界で自分がお姫様になって・・・なんて、子供の時は想像してわくわくしてたっけ。異次元への期待・・・それは、まるでドラえもんのどこでもドア!であり、ファンタジーの傑作も人気漫画も、そこに子供達の夢が反映しているからこそ永く愛され続けているに違いない。
そこは、C.S.ルイスの童話がリアルに躍動するとても不思議な世界。足を踏み入れたその世界での体験を通して兄妹は絆を確認し成長してゆく。
人間の言語を喋る動物たち、半獣、半魚人、木の精、ドワーフ、サンタの住むナルニアの国が、まるで童話から飛び出したようにクオリティ高く鮮明に再現されている。

白い魔女(ティルダ・スウィントン)がエドマンドを手なずける為に、魔法の水を一滴垂らして、雪を暖かい飲み物やターキッシュディライトに変身させる、その映像化された魔法のシーンがなんだか楽しい。そのシーンは、お気に入りの童話『雪の女王』の雪の女王とカイの出会いにかなりリンクする。

「女王は、おなじびんから、雪のなかへまた一しずくたらしました。
するとたちまち、緑色の絹のリボンでしばった、まるい箱があらわれ、
それをひらく、おいしそうなプリンがどっさりでてきました。
どのプリンもふわふわして、あまくて、これ以上おいしいものを
エドマンドは食べたことがありませんでした。」
(原作より)

つくづく思ったのだけれど、ティルダって15世紀ルネッサンス画家、ファン・エイクやフラ・アンジェリコの絵画の中の女性像のような現世的ではない無機質さが有って、大天使や魔女を演じたらはまり過ぎる!それに、今回はあまり賢くない部分も巧みに演じている。 それに対するアスランはCGとはいえ百獣の王の貫禄。リーアム・ニーソンの声もその風格と内面の奥行きを感じさせる。
原作者ルイスが聖書から応用した場面でもある「裏切ったエドマンドの代わりに生贄になる」ところでは、アスランが偉大なだけではなく、心優しき善と英知の持ち主であることを印象付けている。

ただ、映像のクオリティが高い反面、ありがちなお子様向けのチープさが否めない。監督のアンドリュー・アダムソンは実写よりシュレックみたいなアニメの方がお得意なようで、闘い方や悪役キャラも、ロード・オブ・ザ・リングと被ってしまって新鮮味に欠けるし、戦い慣れてないピーターが先陣切ってるのもピンとこない。盛り上がるはずの見せ場が生かされえていないといった印象。それに、氷の張った湖に落ちたら凍えて心臓止まりそうだけど、子供たちはそこまで寒そうでもないんだよねぇ・・。そういうのがリアルでないのよ。

クルクルと変わる表情の愛らしいルーシーと微妙な役で頑張っていたエドはともかく、ピーターとスージーにはあまり魅力を感じなかったなぁ。成長した彼らも然り。
メイキングでヤギの足を持つ半獣タムナスさんジェームズ・マカボォイの足が緑のタイツだったけど、映像ではとても見事に合成されていていた。「もう若くありませんから」というお馬さんの言葉にもクスッと笑えました(笑)


実は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの原作者J.R.R. トールキンと、「ナルニア国物語」の原作者C.S. ルイスとは親友同士という興味深い事実がある。2人はオックスフォード大学の職員で、ルイスが28歳、トールキンが34歳のときに同僚として出会う。お互い「神秘的な物語は魂の糧となる」という共通の信念を持っていたことから意気投合し、文芸サークル「インクリングス」を結成。お互いの才能を認め合う親友同士となった。そしてルイスは1950年に子ども向けの妖精物語として「ナルニア国物語」シリーズを、トールキンは1954年に大人向け妖精物語として「指輪物語」シリーズを出版した。[YAHOO! MOVIEより]
テーマ→見た映画 / ジャンル→映画

その後のオダギリ

2006–02–24 (Fri) 00:06
photo.jpgオーラの泉の時
「オーラの泉」で気になる存在になったオダギリ君。時効警察のゆるーい感じも好きです。何気に、霧山修一朗宅のタイル仕様のレトロなキッチンも可愛いのです。あのクロブチ眼鏡もオダギリジョーモデルとして完売しているらしい。お茶目なライフカードのCM、どうすんのよぉ~続く!に、ほんとに続きがあったわ(笑)「その後のオダギリ」

ベルリン国際映画祭のフォーラム部門にも出品された、全編英語のロードムービー「ビッグ・リバー」や、「蟲師」の実写版(大友克洋監督)の主演など今後も楽しみ!これは深夜放映のアニメなのですが、たまたま観て独自の世界観に虜になり、録画して欠かさず観ているお気に入りです。
追記 – open

クラッシュ CRASH

2006–02–22 (Wed) 00:00
wallpaper_dad_1024.jpg2006年度アカデミー作品賞受賞作! 

   人はぶつかり合う。
   人は人を傷つける。 
   それでも人は
   人を愛してゆく・・・

★★★★★★☆   ■公式サイト


愛が擦れ違い、哀しみが砕け散る、さらに激しい衝突が繰り返されていく・・・。

人種のるつぼ、そしてその国の根底に人種差別の問題を抱えるアメリカ。この国が抱える心の闇と病の断面を、カメラは色んな人種や立場の登場人物で綴れ織り、群像劇として追ってゆく。ラブ・アクチュアリーの人間ドラマ版といった感じ。音楽の使い方も印象的です。

この作品は、この瞬間もどこかで起こり得る現実が投影されていて、心が痛く、悲しく、せつなくなる物語でした。

日本人に生まれて、人種差別や銃がらみの事件を意識するのは映画やニュースの中だけ。だから、弾丸を売る店の店主がペルシャ人のファハドをイラク人と間違えてキレる背景も、ファハドが被害妄想的な背景も、バッグの中には拳銃が?という妄想も、そこに居なければ心底理解できないのではないか・・・と思った。

肌の色、国の違い、貧富、その違いで生まれる差別意識の根底に、幾層にも絡まり合った人間の底知れぬ不安が生み出す闇が混在する。

人は愛がなければ生きていけない・・・最近、特にそう思うのです。
愛を見失ってしまいそうな時、不安を打ち消すために誰かにぶつかり
言葉や態度で人を傷つけることしかできなくなってしまう・・・。
そして、未熟な自分への後悔と共に、愛はすぐ側に存在していることにやっと気づく。

マット・ディロンアウトサイダーランブルフィッシュで観て以来ですわ。何十年振りでしょう。実は、昔ファンたったので、わーこうなっちゃったんだ・・ってイメージ変わってしまったわぁ。。でも、この役にはとても合ってました。

  「パパ、安心して。私が守ってあげるから」

「パパが5歳の時、弾丸を通さないこの透明マントを妖精にもらったんだ。」

銃声を怖がる娘ララにパパが着せてくれた透明マント。
娘がパパに抱き付いた瞬間、響き渡る銃声・・・・。
大切な者を守るために、偏見や言いがかりにも負けないダニエルの姿、愛娘のやり取りが、ファハドだけじゃなくて、この物語全体も、私の心も浄化してくれたような気がして、胸の深い部分から涙がこみ上げそうだった。
人は皆、誰もがララのように純粋だったはず・・・。

ぶつかって、壊れそうになっても、人は人によってしか救われない。

登場人物が多くて把握しきれず、ファハドを当初アラブ人と書いてしまいました(汗)charlotteさん、ありがとうございまーす^^

クレールの刺繍

2006–02–16 (Thu) 00:00
claire.jpg  







刺繍の織り成す喜び





★★★★★★★





そこはフランスの片田舎。キャベツ畑、朝食に出てきたボンヌママンのジャム、アンティークのカフェオレボウル。刺繍細工が一杯のアパートメント。しっくりとアンティークが馴染むアトリエ。そして、ラクロワという憧れとの繋がり。
クレールを演じたローラ・ネマルクは実際にも妊婦で、彼女の縮れた豊かな赤毛を束ねるしぐさと、心情を静かに伝える淡い瞳が印象的だった。

天職と適職、最近よく聞く言葉だけれど、クレールにとって、まさに天職である刺繍。妊娠という未知の不安を抱えた彼女が、刺繍に喜びを感じて、生きる術を見つけてゆき、苦しみから抜けられないメリキアン夫人も、彼女との関わりで生き甲斐を取り戻してゆく。

image_03.jpg image_02.jpg

まるで、絡まった糸がほどけてゆく様に、年齢の違う二人の心が通い始める。刺繍という芸術を通して信頼と思いやりを育くみ、とうとうクレールが子供を育てる決意をする時、開き始めた花びらのような微笑みを交わす二人が印象的だった。

それは、まるで星屑みたいに散りばめられた刺繍の天蓋。そして、息をのむほど繊細なオートクチュールの芸術。一針一針に織り込んだ作り手の想いが結晶となって、ため息が出るほどの美しさを放っている。公式サイトもとても素敵なのです。

誤って布を裂いてしまったクレールに、メリキアン夫人は、
「やり直しがきくわ」と笑う。そんな風に、何度でも繕って補修して、それが自分だけの深い味わいになるような豊かな人生を歩みたい・・・そう思った。

【Story】はこちら↓
追記 – open
テーマ→見た映画 / ジャンル→映画

PROMISE 無極

2006–02–15 (Wed) 00:00
20060128_117195.jpg
無極
 それは中国の古代思想でいう宇宙。

約束 によって結ばれた三人の運命は

無極の定めを超えることができるのか・・・

★★★★★☆



カンヌ国際映画祭にて、『さらば、わが愛/覇王別姫』でパルムドール、
『始皇帝暗殺』で、芸術貢献賞を受賞した巨匠チェン・カイコー監督の最新作。日本から真田広之、韓国からチャン・ドンゴン、香港からセシリア・チャンを招いたアジアトップスターの華麗なる共演。

伝説の甲冑を身につけることを許された、ただ一人の英雄
この世のすべての男の愛を手に入れる女
天から最高の俊足を与えられた奴隷
それは、アジアのどこか“未来における3000年前”から
現代へ届けられた【約束】

454.jpgとにかく、美しく流麗で壮大でございます。
無極の定めによる満神との約束という神話的なテーマは、充分に魅力的な要素を予感させるのに、何故、チェン・カイコーさんってば、こんな風にしちゃったの?って感じでしょうか。笑 一つの誤解によって開き始めた運命の扉。そこに貫かれた哲学的なテーマの深みが、この作品からは伝わってこないのですよね。チャン・ドンゴンが走り捲ろうが、真田さんがクルクル回ろうが、理解の範疇でそんなこと問題ではないのです。要するに肝心の中味が薄っぺらい。

真田さんの過剰な演技(カイコーさんの演出?)と、英雄色を好む的な考えの甘さが、無敗の大将軍のカリスマ性を感じさせないのですよねぇ・・。将軍の涙にコロッと騙されるしさー。半分以上落ちぶれたお姿なんですもの。しかし、立ち回りはやはり流石で、流暢な中国語はプロ意識の凄さを感じました。

駿足の奴隷昆崙を演じるチャン・ドンゴンは、単細胞な中に熱い想いを滾らせている感じが出てましたね。新境地開拓といった感じでしょうか。哀れな刺客鬼狼の陰鬱な演技もなかなかです。

無歓の魔術師のごとき美しく華麗なる冷徹ぶりは、まるでビジュアル系悪役ゲームキャラ。あれが彼なのは読み通りにしても、最期の台詞には、
「おいおい、人間不信に陥った理由がそれかいっ!」と突っ込みたくなりました。笑 でも、これでもかと裏切られる彼に、欺くことでしか信を確かめられない哀れさを感じました。ニコラス・ツェーの立ち回りはとても華麗です。

その名の通り、全ての男を虜にする絶世の美女で、国を傾かせた傾城。光明の寝床に忍び込むセシリア・チャンの美しさには見とれてしまいました。でも、それ以外は、絶世というには厚化粧と尖った感じが気になってしまったのよね。私の中では、マダムヤン的な豊潤な中国美女こそ絶世のイメージなのですけど・・・。
 
とにかく、予告を観て抱いた期待は儚く裏切られました。笑
ですから、余計な期待を抱かず観ると、スケール感のある華麗なファンタジーの醍醐味が味わえます。話の切り替え場面が多少気になるものの、中だるみは殆ど感じません。 神話的要素を巧みに取り入れた、美術や衣装のアジア的な美しさは大きな見どころです。

拘束のドローイング9  DRAWING RESTRAINT9

2006–02–12 (Sun) 00:00
kousoku.jpg 63510768_ma_1barney-main.jpg
 愛の変容

マシュー・バーニー&ビョークのアートなお伽噺
Transformation of Love

★★★★★★    公式サイト


金沢21世紀美術館でも展示されていた、マシュー・バーニーのアート。
「拘束のドローイング9(DR9)」の映像世界。3週間限定上映とあって、しかもDVDにならないという噂もあるじゃないですか! これは観なければ・・・ってことで、渋谷シネマライズへ行ってきましたよ。初日に。

「クレマスター・サイクル」でも絶賛を浴び、ドローイングをテーマに作品を発表してきたバーニー。日本の伝統文化でもある「茶道」や「捕鯨」をモチーフにした、ラブストーリーをめぐる「変態」の物語です。

まず、ラッピングする日本女性の手元が写し出されるのだけど、ここで早速、五感を揺さぶられ始めました。 だんだん、それが婚礼の引き出物だと分かるのだけど、その流れるような手さばきと、紙と紐の素材感や形作られる美しさが、私には心地良かった。

なんかね、一定のリズムをもって、映像、色彩、質感、音、が迫ってくるような、なんとも不思議な世界なのですよ。

d0061243_16492195.jpgこの作品、主な出演者はバーニー本人と愛妻ビョーク。あとは普通の日本人たちなのです。日本人の整然とした作業風景やおもてなしが、その一定のリズムにぴたりとはまってるんですねー。その不思議な作業を、当たり前のようにこなしている姿も、不思議な感じがしましたわ。


身を清められ、毛皮でできた羽織袴や白無垢を着付けられ、日本髪を結われ、眉を剃られ、お歯黒を塗り、ほら貝を背負わされた二人ですが、バーニーの全裸にはビックリでございました。笑 次第にできてゆく完成形は、日本の神道の婚礼をクリエイティブにしたようなお洒落さです。ただ、ちょっと重そうでしたけど。笑

茶室でのお茶のたて方も面白いのですよ。お道具が貝のお碗だったり、ホネ貝でお茶をたてたり、全て貝でできてるのです。

scan0020wbs.jpg  

鯨の体内で生成される希少な媚薬「竜涎香」の甘美な魔力によって惹きつけ合う二人が、情動と狂気によって、ファーストエンブレムの完成と共に脱皮してゆく変容形と開放に、あーそういうことね・・って思いました。
感じたことは、「拘束を解き放ち、真の開放を得る」そして、「拘束の中にも真の開放が有る」どちらも、普遍的な人生のテーマなのだと気づきます。

まあ、アートな作品なので、理屈に捉われず御伽噺として観て来ましたが、空気感のある色彩や音は好きでした。
それから、ビョークの歌がすっごく良くて、CD購入しようかと思ったほどです。取り敢えずぐっとこらえて、以前のCDをレンタルしてきました。ビョークの作曲を、宮田まゆみさんがパールを纏った凛とした後姿で笙を奏でるのも印象的でした。

d0061243_4591882.jpg

テーマ→見た映画 / ジャンル→映画

ホテル・ルワンダ  HOTEL RWANDA

2006–02–08 (Wed) 00:00
0c4e99ebd7e51fd46e1fa2cb7e810cfb.png 

愛する家族を守りたい

ただ一つの強い思いが、
1200人の命を救った・・・。


★★★★★★★★




ルワンダのツチ族とフツ族の民族紛争が更に悪化した1994年、
歴史的悲劇と共に、一人の勇気が1200人を救った奇跡の実話が存在した。

ポール・ルセサバギナは4つ星ホテル・ミル・コリンの支配人だった。彼はフツ族で彼の妻はツチ族。和平協定によって終結しかけた内紛が、フツ族大統領の殺害でフツ族の民兵の怒りに火を付け、ツチ族への大虐殺が始まった。危険にさらされる家族の命を守るうちに、彼を頼る人々を見捨てられず、数々の機転で1200人もの人々の命を救ったのだった。


5000人の署名運動によって、日本でも上映が決定したという話題作。
私の中でも「観るべき」作品リストの一つだった。
虐殺シーンをぼかすことで人間ドラマを浮き彫りにし、誰もが受け入れられる優れた作品になっている。

たった100日の間に、100万人もの人々が虐殺された。

それが、ほんの10年ほど前の出来事だなんて凄くショックだった・・・。

「我々は平和維持軍だ。仲裁はできない。」「君たちは世界にとって、ニガー以下のブラックでしかない。この国は世界中から見捨てられたんだ・・・」
国連のオリバー大佐は、何もできないことへの苛立ちを吐き捨てるように話す。
命の優劣?なんて低レベルな理由で100万人を見殺しにしたのだろう・・・。

虐殺をスクープしたカメラマン(ホアキン・フェニックス)が言う。「たとえ世界中にこの映像が流れても、彼らは『怖いね・・・』と言ってディナーを続けるだろう・・・」
ポールはその言葉に大きなショックを受ける。

濁流に飲み込まれていく人々の姿を、別世界の映像として、ぬるま湯の中から見ている自分。良心の痛み、自分の微力さに対する諦め、そして日々の雑事に追われ心の痛みもぼやけていく・・・。世界は自分の姿を投影しているのだ。

外国人は次々に出国して行き、フランス軍も撤退し、アメリカも、そして世界中どの国も・・・国連さえも彼らを見捨てたその事実に、私は悲しみと憤りで涙が溢れて止まらなかった。そんな情勢にさえ疎かった当時の自分だって、見捨てた人間の一人に過ぎなかったのだと思い知らされた。

ポールはお人よしでもなければ、強靭なヒーローでもない。ただ家族を愛し守ることで精一杯な普通の人間だった。でも、ホテルに逃げてきた1200人以上にも膨れ上がった隣人たちを見捨てられなかったのは、ホテルマンとしての責任感と、人間としての良心に衝き動かされた結果なのだった。
良心を失った人間たちに良心は通じない。ポールはそれを熟知し、彼が自分の為に作った人脈や賄賂(ホテルの金品やお酒など)を使い、その時々の機転によって窮地を切り抜けていった。そして上流気取りでいた自分や、賄賂によって培った人脈が自己満足でしかなかったことも思い知る。

四面楚歌の中、想像を絶する恐怖に怯える人々。
その弱者を見捨てず、ニック・ノルティ演じるオリバー大佐や赤十字の白人女性のように、彼等のために奔走する存在がほんの少しでも存在したことは一筋の救いだった。

この作品には、実際にルワンダで命からがら生き延びた人々が出演していたらしい。それだけに、とてもリアリティが有ったし、主役のドン・チードル、妻役のソフィー・オコネドーニック・ノルティホアキン・フェニックスなどの出演者の演技も素晴らしい。そして、特出すべきは子供たちの迫真といえる演技。


   何故、人間同士殺しあわなければならないの?
   何故、人間に差別が存在するの? 
   連綿と繰り返されている人類の汚点・・・・・・。

   もうこんな悲劇を繰り返したくない。
   事実としても教訓としても
人類は事実を知る義務がある
   そう思わせられる作品だった。

   エンドロールで流れる歌にまた泣けてくる。
   子供たちが泣いている。イエスも泣いている・・・」
   あのメロディが忘れられない・・・
追記 – open
テーマ→絶対見てほしい洋画 / ジャンル→映画

白バラの祈り ゾフィー・ショル最期の日々 Sophie Scholl: Die letzten Tage

2006–02–07 (Tue) 00:00
20060115002fl00002viewrsz150x.jpg

気高き魂の真実

★★★★★★★★




生まれ変わるならどんな人間になりたいですか?と聞かれたら、迷わず「これ以上ないほど美しい心の持ち主になりたい」と答えます。

ゾフィー・ショルは、私の憧れるそんな心の持ち主でした。

死を目の前にした人間ほど、真価が問われるものはないでしょう。あと3ヶ月の命ですよ。と言われても、とても受け入れられるものではありません。では、「今からあなたは死ぬ運命です」と言われたら受け入れられますか?きっと、頭が混乱し、納得ができず、不安に押しつぶされそうになるでしょう。でも、ゾフィーは毅然と受け入れたのです。

彼女はシューベルトを愛し、平和と自由を願う21歳の普通の女子大生でした。自分の恵まれた人生に甘んじることができず、ヒトラー独裁の悲劇を終わらせようと秘かに活動する「白バラ」というレジスタンスに参加していました。 でも、言論の自由さえ許されない悪政は、彼女を反逆罪で連行したのです。

ゾフィーの凄さはここからでした。
彼女は命果てようとも、信念に従いました。
信念を捨てて自分を偽り、生きる意味さえ見失ってしまうより
良心に貫かれた信念を精一杯生き抜くことで
人々によって自分の信念が生き続けると信じていました。
そんな彼女の姿に検査官さえ心動かされていったのです。
同志を告発して生き延びることを拒否した彼女に待っていたのは逮捕から、たった5日後に下された死刑判決でした。
しかも、死刑執行は当日に行われるという無慈悲なものだったのです。

movie_sophie04-thumbnail2.jpg「夢を見たの。私は白い赤ちゃんを抱いていたわ。
すると地震が起こって、私の足元が裂け、私は赤ちゃんを助けて穴の中へ落ちていったの。落ちながら私の心は満たされた気持ちで一杯だった。
赤ちゃんは信念で、私は信念を守って死ぬのよ」




死刑判決の朝にそう言った彼女の瞳は輝いていました。
その夢には、死を超越し開放された心の自由が感じられます。
彼女の蒔いた種によって、自由と平和の実を付けるのだと
彼女は確信したのでしょう。
最後の時を迎えるまで、彼女は毅然としていました。

彼女はまるでジャンヌ・ダルクのようです。
汚れなき魂に宿った崇高な信念を貫き殉教に散った乙女。
不安に必死で打ち勝とうとしたジャンヌよりも強く
ゾフィーは一筋の光る道を真っ直ぐに進んでいったのです。

私は、こんな女性が実在していたことに深く感動したのです。
彼女の玉響のような言葉の数々に、私の心は揺さぶられ
その気高さに涙がこぼれました。

人間は弱いから・・・そう言い訳していたことも、
世界で起こっている悲劇に鈍感になってしまった平和ボケしている自分も恥ずかしい・・・。
かつて純真だった頃の自分を取り戻したい・・・。
そう思わせてくれる素晴らしい作品でした。

ゾフィー・ショルはドイツで聖人として讃えられています。
彼女が蒔いた種はたくさんの実を付け、白バラのように
清らかな花を咲かせたのです。
テーマ→絶対見てほしい洋画 / ジャンル→映画

恋愛適齢期  Somthing's Gotta Give

2006–02–02 (Thu) 00:00
200509_img_7.jpg
究極の選択?

ふわっと広がる幸せ気分。
所詮、恋愛物・・・とタカを括ってはいけませんことよ。
(ジブンに再確認)


★★★★★★★


それは、いきなり訪れた恋の予感。
ちょっと複雑な出会い方だったけれど、60代のハリーと息子ほど年の違うジュリアンがエリカの前に突然現れた。 成り行き上、ハリーとの共同生活をするハメになり、ぎこちないながらもゆっくり流れる時間の中で、同世代だからこそ共感できる感覚に、少しずつ心を通わせてゆく二人。 その一方で息子にも近い青年の一途な愛に戸惑いながらも、トキメキを隠せないエリカがいた・・・。



ほんとそうなんですよ。最後に幸せな気持ちがふわっと訪れました。
まさに、大人のかわいいラブ・コメディ。

m040308cc.jpg
 エリカは目覚めてしまったのです。
 ずっと忘れてたせつなさで胸が締め付けられ
 もう、苦しくてじっとしてなんていられない。
 厄介で、自分でも情けなくて愚かなほどの恋心。

ダイアン・キートンってすごくチャーミングで、恋に恋する姿も可愛いの。
素敵に重ねた年が、自然と演技にも滲み出ていて魅力的。
披露したヌードだってスラリとして50代?ってラインなのよね。
ジャック・ニコルソンもちょっと小汚いなーと思う反面、いい味出しているし、
ジャックと対照的なキアヌは、知的でこれがとことん好青年なのよ。
彼の存在が物語に爽やかさを添えてました。

心安らぐ同年代の男性と、一途で若いハンサムな青年、どちらを選ぶ?
という究極の選択。それだけで女ゴコロを捉える作品なのかも。

恋する気持ちに年齢制限なんてないよね。
だって、精神年齢って一定のところで止まってません?
ちなみに、私の場合は24歳あたりかも。笑
色んな意味で、何歳になっても心の活性剤として、何かにときめいていたいと思う。

演技派二人が運んでくれたほんのりとやさしい気持ち。
映画っていいなーやっぱり。
テーマ→映画!映画!映画! / ジャンル→映画

 | HOME | 

manuteriä

+ + + + + + + + + +

+ + + + + + + + + +
映画の感想 &
Potentialに響く音と映像
+ + + + + + + + + +

memo



映像+音は、一部を残し
順次削除予定です。

ひとつぶ →
ひとりつぶやきをぽつりと。




         

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。