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誰も守ってくれない

2009–05–07 (Thu) 00:00
daremo.jpg

 
見る者に問いかける


★★★★★★★

公式サイト

モントリオール映画祭で最優秀脚本賞を受賞した本作。
考えさせられる内容だった。実にヘビィな内容だけれど、殺人事件の加害者家族の置かれる状況を描いたものとしてはリアリティを感じる。犯罪者の家族も被害者なのか?ということを見る者に問う映画である。

今クールのドラマ「アイシテル -海容-」 そこでも描かれる加害者家族の描き方は、テーマの違いもあるが、この作品を観た後では生ぬるさを感じてしまう。現実はもっともっと過酷で、ドラマでは描かれないリアルな事件の側面がこの映画にはある。家族が殺人を犯した結果、不幸のどん底に陥れられるのは、被害者の家族ばかりでなく加害者の家族にとっても容赦なく過酷だ。

双子の姉妹を殺害した容疑で逮捕された少年。そのときから全ては崩壊する。
少年事件とはいえ、名前を本名で発表される可能性があり、戸惑う家族を前に、離婚して妻の籍に入り直すというような事務的な手続きがいきなり行われる。それも加害者家族を守る手段であり、マスコミやネットで執拗に糾弾され、「家族も同罪だ」「殺人者の家族も死んで償え」そんな誹謗中傷が浴びせられる。加害者本人ばかりでなくその妹の写真までネットに流出し、何も犯罪を犯していない家族までもがさらされる恐怖。

追い詰められ自殺してしまう加害者家族も居るために、警察はときにマスコミや世間から守ることがある。妹は両親からも引き離され、保護する刑事と共に、世間やマスコミの目を逃れて行き場を点々とし、そこで母親が自殺した事実を知る。でも、母親の遺体にさえすぐには会うことも許されない。15歳の少女に降りかかった過酷過ぎる現実。私たちだったらどう受け入れられるだろうか。

そして、保護する刑事勝浦もまた同時に苦しんでいた。
「税金を使って加害者を守る警察も同罪だ」という世間や、「被害者は守れなかったのに、加害者の家族は守るのか」という被害者家族の非難の声、マスコミから過去の事件での過失をむし返され、自宅にまで押し寄せる人々に不安を抱く家族の側にも居ることができない。
「なぜ、警察はお母さんを守ってくれなかったの?お母さんを返して」悲痛な少女の叫びに、過去の傷が抉られるように痛む。自分はどうするべきなのか、今、この少女に自分は何が出来るのか。勝浦は葛藤し自分に問いかける。
家族ともギリギリのところで繋がっていた彼は、この事件によって、ただ修復しようという焦りだった気持ちが、次第に家族の絆とは何なのかということを再認識してゆく。

兄の心の叫びを妹は聴いていた。
そして兄を守ろうとしていたことを知って、勝浦が少女に言う。

これからはキミが家族を守るんだ。生きるんだ。
人を守るということは、その人の痛みを知ること。
痛みを知るのは苦しいが、それが生きるということだ。


人を裁くことができるのか・・・それはとても難しいテーマだ。人が人を裁くべきではないと言うと、自分の家族が被害者でもそう言えるのか・・・と問われるだろう。だが、ハイエナのようなマスコミや顔の見えないネットでの「祭り」や「炎上」と言われるような無責任な誹謗中傷は、それ以前に人間としての品性が欠け過ぎているように思える。
この映画が投げかけたことを、少女も刑事も観客も、皆それぞれが自分に問い続ける。どんな視点で加害者家族を見るべきなのか、深い部分で問いかけられた映画だった。

The Little Mermaid

2009–05–04 (Mon) 00:00

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