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汚れなき悪戯 - MARCELINO PAN Y VINO

2008–12–12 (Fri) 00:00
       IVCF2040_l.jpg

          ★★★★★★★★★★

キリスト関係の映画といえば、まずこの不朽の名作が浮かびます。子供のとき(マルセリーノくらいの頃)に観て以来、私の脳裏に深く刻まれた作品です。

スペインのある修道院の前に捨てられた赤ちゃんは、もう両親が亡くなっており、引き取り手がないために、マルセリーノと名づけられ、10人の優しい修道士に育てられます。
無邪気でいたずらっ子(本人は無自覚で悪気はないのですが)に成長したマルセリーノは、修道院周辺には子供がいないので、いつも一人で遊びながら、空想のなかで友達やママへの想いを膨らませていました。そんなある日、好奇心から入ってはいけない部屋に入ってしまいます。そこで 疲れ果てて見えるキリスト像に出逢い、親切にこっそりとパンやワインを持ち出し、せっせとキリストのもとへ運ぶのです。そんな無垢な少年の純粋さは奇蹟を起こし、キリストはマリセリーノの前では肉体の姿となってそのパンを食べ会話し、二人は心を通わせるのでした。そんなやり取りが続いたある日、キリストは、お礼に願いを叶えてあげるとマルセリーノに言います。そして、夢にまで見たママへの想いから、「ママに会いたい」と言うマリセリーノ。 キリストは少年の願いを聞き届け、マルセリーノを天国へ連れてゆくのでした。

子供心にとてもせつなくて、天国に行ったのも心が綺麗だから神様が一緒に連れて行ったんだと思ったものでした。そして、だんだん天国に行ったマルセリーノは、きっと幸せだったのではないかという想いが湧きました。あんなにママに会いたくて、その想いを遂げることができたからです。
作品のシンプルな素朴さや清らかさに触れて、天国は無垢で清らかな人の行く場所なんだと感じたものです。そして、天国ってどんなところなんだろう・・・きっと綺麗な場所だから、マルセリーノはママと幸せに暮らせるのだろうと想像しました。
初めてキリストという存在を知った気がするし、その後の私自身の、死への観念的な部分へも影響した作品でもあったように思います。

もっと肉付けされていた物語だったのだろうと思うのですが、私のなかで、特に、奇蹟の一連の流れが、今でも心に焼き付いています。それ以来、私にとって特別な作品であり、名作は色褪せないとつくづく思います。

そして、この映画で印象的なのが「マルセリーノの歌」。この作品を想い出すと、反射的にこの歌が私の頭のなかで自動的に流れ始めます。笑
私の家では、子供の頃、映画好きの母が映画のサントラのレコードコレクションを大事にしていて、名作映画のテーマ曲をよくかけていました。太陽がいっぱい、男と女、風と共に去りぬのタラのテーマ、そして、このマルセリーノの歌など、郷愁を呼び起こす名曲です。

マルセリーノが愛くるしい


- マルセリーノの歌(訳) -
おはようマルセリーノ おめめをさませ
お日さま野原で 笑ってみてる
マルセリーノ マルセリーノ かわいい天使
一日おもてで 子馬のように
マルセリーノ マルセリーノ 走っておいで

おたべよたんと おぎょうぎよく
おあがりオムレツ パンもたんと
よくなる鐘だ この鐘は
鐘つき坊さんの おてつだい
ティリン タラン ティリン タラン

「2と2はいくつ」「4つ」
「4と4は」「8つ」
「8と8は」「・・・・20!!」「ばかなことを」

祈れ祈れ マルセリーノ
よい子は お祈りするのだよ

「われらの父よ天にまします
 聖なる・・・・・・」

野原に夕べの 鐘がわたると
お空をみあげて かあさんをよぶ
マルセリーノ マルセリーノ まつげがぬれた
おやすみ マルセリーノ 夢をみながら

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