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境界線 / Ⅴ-1

2010–06–21 (Mon) 00:00

自分と相手との境界線が曖昧




侵入する・・・ 相手の家(領域)に土足で踏み込む、相手の土地にゴミを平気で捨てる・・
侵入される・・・ それを許可してしまう   Ⅳの続きです。


家や土地というのは、見えないそれぞれの領域に対するたとえです。

家を、「心」、「アイデンティティ」に置き換えて読んでみてください。


地震が起こり、家がぐらぐらと揺れると不安なように、
家の基礎が不安定だと安心して住めませんよね。 それと同じように、

人間の自我の基盤であるアイデンティティが構築されていないと、
何かのキッカケで、自分の基盤がぐらぐらと揺れやすく、
不安定な自我を守れず、自分自身を肯定できなくなるのです。


その、不安定な自分を守れない、肯定できないことが、自尊感情の欠如 です。



それによって、侵入する、されるといった関係が起ります。



家主が、自分の家を大切に住んで、メンテナンスし、きちんとセキュリティをすれば
どんな人も土足で上がれないし、チャイムを鳴らして待っていますよね。

土地も野放しにせず、手入れをした庭にしていたら
無闇にゴミを捨てられることもなくなります。



反対に、住人が大切にしていない家、セキュリティのない家だと、
土足で上がってもいいか・・・と上がられてしまい、

野放しの土地だから、ゴミを捨てても良いだろう
ということが起きます。



この人はこのくらいのことをしても大丈夫だろう・・・

これが、相手への侵入です。


侵入する人は自分の家の居心地が悪く、落ち着けない状態なので、
大丈夫そうな相手だと思うと、安心して上がりこむようになります。


最初は友好的に優しくやって来ます。
そのお客様は、侵入される側にとっても魅力的に感じることもあるので、
自分の家が気に入ってもらえたのかと、自尊感情を補えるような
気持ちになって、受け入れるようになるのです。


次第に、安心した侵入者は、土足で無作法に押し掛けて来るようになってきます。


侵入される人は、だんだん違和感やストレスを感じるようになります。
なんであの人は、別の人の家ではきちんとチャイムを押して
靴も脱いで、とても良い振る舞いをするのに、うちではそうじゃないんだろう・・・
そう思っても、無理に合わせたり、我慢をしたりします。


侵入者は、持って来たゴミをその家に置いたまま帰ったり
自由に出入りし、それが当たり前になっていきます、
そして、相手が思い通りにならないと、「拒絶されている」
という感情に支配され、その家主を責めたり無視したりして
家主に罪悪感さえ抱かせるようにするのです。


侵入者は、わざとしているというより、無意識でしているのです。


置いていったゴミは、「イライラ、怒り、不満 皮肉、無視」などや
デリカシーのない言動といったもので、それを撒き散らしていい家だから、
そんな自分を受け入れてくれる居場所としてやってくるのです。


これが、相手を侵入させる状態です。



でも、ゴミを置いていかれると、その家は散らかります。
家主も、そのゴミを不快に感じ、どう処理してらいいか分らず、
どんどんストレスが溜まって、自己憐憫の感情に捉われてきます。
そうなると侵入者は、自分を正当化したり、気遣う様子をみせます。

家主は、自分もその家を大事に住んでいないので、私が気に障ることを
したのかも・・と思い悩んだり、そんな家でも来てくれるから、
ほんとは悪い人ではない・・と思い直し、受け入れては逡巡してしまうのです。
また、侵入者が上司や目上の存在だと、余計に我慢してしまいます。



挙句には、どんなにゴミを捨てられても我慢し、
相手の顔色を伺うようになったり、
相手の家のローンまで返済しようとしたり、
うまく処理できないまま、家の中でゴミが腐敗
(住人の鬱積したストレスや病気)を起こしたり、
問題から逃避するといった状態になります。


相手との関係や親しさでも程度は違ってきますが、
境界線が曖昧で、侵入する、されるとは、こういうことです。


どちらも、見捨てられる恐怖が根柢にあり、お互いに依存し合っています。
「どんな自分でも、受け入れて拒絶しないで欲しい」
という、切実な不安や心の叫びが無意識にあるのです。


どちらにも共通するのは、歪が出てしまった家を、
どこから手をつけて改善して良いか分らない点です。
傾いたり、床は抜けそうでいつも悩んでいるのに、応急措置しかせず
目を背けて避けているので、居心地は根本的に改善されません。



自分の家の基礎がしっかりできている家主だと、多少の地震や災害でも、
土台(アイデンティティ)がぐらついたりたりしません。
外観(外見や表面的な印象)、車や持ち物(学歴や仕事やステイタスなど)
ばかりで自分を繕おうとせず、家の中(自分の内面)にも目を向けて
家の状態を安定させているのです。


しかし、Ⅱでも書いたことに繋がってくるのですが、
実際は、そういう家主の方が少ないと思います。
基礎が頑丈な家は、バランスよく建築されたものですが、
家主が、それを自覚して出来上がったとは限りません。
それは、基礎が不安定な家主も同じです。


家の基礎は、完成してしまうと表面的には見えない部分のように、
自分のアイデンティティや自尊感情が、どう構築されたのか自覚もなく、
深層に潜む内面の問題にも自覚がない人の方が圧倒的に多いのです。

基礎がしっかりしていない家主は、誕生以降~青年期までの
発達障害などで、両親との関係や、環境や様々な要素が絡み合い
本人には無自覚にそういう状況にある場合が殆んどだと思います。

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